訪問看護ステーションよつば

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「栗きんとんあるから取りに来い」と父からのLINE。続いて「消費期限切れるぞ」と。「大丈夫!切れたって腐るわけじゃないから」と返信して取りに行ったのは消費期限の翌日。大好きな栗きんとん。楽しみにして食べました。「ん?いつもより硬い?パサパサする」
以前、どこかの和菓子を買った時に『お菓子は生きています』と書かれているのをみたことがあります。それを思い出しました。そっかぁ。腐るか腐らないかではなく、おいしく食べられるか、そうでないか。父もきっと、おいしいうちに食べてもらいたかったのでしょうね。お菓子職人さんや父の気持ちを考え反省(;.;)
 今日は土曜日で、事業所の初めての休日。支援(訪問看護)は毎日対応していますので、訪問はスタッフにお願いして私はお休みさせていただきました。頭の中にはあれもこれもやるべき仕事がたくさんありますが、今日は仕事から完全に離れました。お陰様で疲れもとれてリフレッシュできました。明日からまた仕事頑張ります!



9月1日、「訪問看護ステーションよつば」を開所しました。多方面からから多くの方に助けて頂きここまできました。ありがとうございました。よつばの理念に基づいて、地域・生活の場で看護の提供をしていきたいと思っています。
思っているだけでは利用者様は集まらず、病院様やケアマネージャー様にお声かけ(いわゆる営業ですね)をさせて頂いています。受けた仕事は必ず誠意を持って対応いたします。よろしくお願いします。
事務所では、導入した電子カルテから書類を作成中。先月、みっちり電カル研修も受けました!でも、「あれ?どうするんだった?」「どっから入るんだった?」「これじゃない?」。3人で研修で教えてもらったことを思い出しながら作業しました。教えていただいたことの8割は頭に残っていないと思います。抜けた記憶を3人で補いながらあたふたでした(;.;)

事務所にかかって来る電話は、セールスの電話が多い!利用者さんの紹介の電話かと思ってどきどきするじゃないですか!
今日は外に出て病院等をまわらせて頂こうと思います。
よつばには助産師がいます!私です(*^o^*) NICU退院後の赤ちゃんも支援できます。認知症ケアに強い看護師がいます!いつもにこにこ元気です。接遇の神がいます!コミュニケーションが上手で、周りとの関係作りに強いです。そして、みんな医療依存のある方(人工呼吸器装着や胃瘻の管理、麻薬の管理、急変の予測や対応などなど)を多くみてきました。何より、看護師としての仕事に誇りを持ち、仕事がしたい!って思っています。
さあ、今日もまだ暑さが残りますが頑張って働こうと思います。







夏といえばかき氷。かき氷といえば「赤福氷」というくらいよく赤福氷を食べていました。それはうちの母が赤福氷が大好きで、よく一緒に松坂屋の赤福に食べに行ったから。氷の中に、あの赤福のあんことお餅が2個入っているんです。シーズンに3~4回食べていたと思います。
母が9年前に他界してからはたぶん、1回か2回しか食べていないと思います。母のように、「赤福氷を食べるために松坂屋に行く」という行動力が無いので・・・。しかし、先日高島屋に行った時に赤福のそばを通りました。「あ、赤福氷」と思いましたが、並んでいたし他の用事があったので立ち寄りませんでした。「母といった時は、並んでまで食べたなぁ」と思いながら。
母は癌で亡くなりました。病院で最期の時間を過ごすのは嫌だといって、高カロリーの点滴が投与できるCVポートというものを埋め込んで自宅で過ごしました。私が点滴を交換し、週に何度か針の交換もして、痛みのコントロールのための麻薬も使いながら父親と二人暮らしの実家に私が毎日通っていました。いよいよ動けなくなってきて、昼間は父も仕事に出ているし、私も病院勤務をしていたので訪問看護をお願いすることになりました。その時の私は病院勤務の経験しか無く、「訪問看護ってどんなことするの?」と思っていました。結局母は、数回の訪問看護を利用しただけで亡くなってしまいましたが、母が一人っきりになる時間を埋められることで私の気持ちは少し楽になりました。
母が亡くなってから思ったことは、母の介護に必死になってしまい、自分の疲労とか余裕の無さとかに気づいていなかったこと。職場に事情を話して介護休暇や有給をとればよかったなとか、もう少し早く訪問看護を頼んで、いろんな人に助けてもらいながら母と過ごせば良かったなとか。仕事、子育て、介護に必死になって母との時間がどんなものだったかあまり覚えていません。ただ、毎日点滴替えたなあとか、麻薬の残量の計算してたなとか、そんなことは覚えています。
「家族」だから、支えなきゃとか頑張らなきゃということに縛られてしまうと、介護することが義務になってしまい、大切な人との時間がつらいものになってしまうこともあると思います。そういう自分の経験や思いが、訪問看護に目を向ける一つのきっかけになりました。今でも「家族なんだから」という言葉が苦手です。
家族でも、家族でなくてもみんな一人の人間です。障害や病気があっても、家族でも家族でなくても人々が支え合える関係が素敵だなと思っています。





今日の中日新聞朝刊に、ALSの方に関わる訪問看護師のことが掲載されています。記事の中で看護師の冨士さんは、「満足死」という言葉をつかっています。『目指すのは安楽死でも尊厳死でもない。十分な医療情報を得て、さらにしっかり緩和ケアを上での「満足死」』だと。中途半端に終わらせたくない、とも話されています。
そうなんですよね。まずは十分な情報を得ることから。これは最近耳にするようになったACP(人生会議)がとても大切だと思います。自分で自分の事を決めるんです。自分で決めた事でなければ納得できない。じゃあ、どうやって決めるのか。決めるにあたって重要なのは「情報」です。情報が無ければ想像もできない。そうなった自分を思い描けない。「情報」はどこから得る?今はインターネットでなんでも情報を得ることができます。但し、考えの偏った情報もあるので注意が必要です。
私たち訪問看護師は、ALSを含む様々な疾患の方々の生活をみてきています。たくさんの情報を持っています。人工呼吸器を付けた方がいいとか付けない方がいいとかではなく、付けたときの生活を想像する、付けない場合の今後を想像する。そういう意思決定に関わっていくことも私たちの大きな役割です。看護師だけでなく、医師やリハビリ、ヘルパーもたくさんの情報を持っています。一人で考えるよりみんなで考える。だから「人生会議」なんです。
今日の午後、私も学校で「会議」があります。中学校の三者面談です(笑)。息子から「先生が僕のことで悪い事を言ったらそれは嘘だから信じないでね。」と言われました。そうかそうか、息子よ、学校で良からぬことをしているのね。「大丈夫大丈夫!何言われても大好きだからね♥」と言っておきました。さて、いったいどんな事を言われるのでしょうか。息子と同じように母もドキドキしています。



今日の中日新聞朝刊の生活面の記事です。難病指定されているALSの方と、ALSの方の訪問診療に関わっている医師の記事が掲載されています。
京都の事件後、インターネット上で「安楽死の合法化」「自分がそのような病気になったら生きていたいと思わない」「死ぬ権利があっても良い」「そのような病気でも前向きになれるのは恵まれているから」など、事件を肯定する意見が多かったことには残念な気持ちになりました。同時に私たちサポートする側の力不足も原因なのではないかと思っています。
ALSに限らず、現在の医療では治せない病気は数多くあります。それでもその病気と共に「生きていく」と思えるようなサポートをしていきたいと私は思っています。その上で大切なのは知識や技術だけではなく、記事の中の飯島さんがおっしゃっているように「一人の人間として扱い、寄り添うこと」だと思います。では「寄り添う」とは?朝から自問自答が始まりました。
新聞とにらめっこしながら難しい顔をしている私の横を、小学生の子供たちが「あ~、行きたくないなぁ学校・・・」と言いながら過ぎ去りました。この子たちにも私は寄り添っているのか?少し考えさせられる朝の時間でした。