訪問看護ステーションよつば

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よつばブログ



久しぶりすぎるブログの更新。1枚目の写真から。今年の名古屋ウイメンズマラソンの写真です。利用者さんにも「今年も走ります!」と宣言していたのですが、走ることができませんでした。本番の数日前までは走るつもりでしたが、スタッフの病欠が重なり訪問にまわることになりました。でも、マラソンのコース沿いのお宅への訪問だったのでマラソンを見ることができました。いつもの訪問だと、一枚目の写真のこの広い道路に駐車許可証を出して路駐しているのですが、この日は車では近づくことができません。土日エコキップを買って地下鉄で訪問にまわっていました。写真は歩道橋からマラソンの様子を眺めたときです。38キロ地点であと4キロでゴールってところですね。この辺りを走っていると、38キロ走ってきてあと4キロなので「あと少しー!」って応援してくれることが多いのですが、このあと4キロがめっちゃ辛い。足の感覚がだいぶ鈍くなっているときなので。今年は走る側ではなく応援する側で38キロにいましたが、頑張っている人たちをみると自然と応援したくなりました。訪問開始時間ギリギリまで歩道橋から手を振って応援しました。応援しながら来年はやっぱり走りたいなと思いました。今年も準備にかける時間があまりなかったけれど、来年はもう少し走る時間を作って体も鍛えていきたいです。
3月は一日も休みがとれず、訪問看護ステーションよつばを始めてから最も忙しかったように思います。仕方ない、こんな時もあるし、暇よりいいかと思いながら働きました。3月下旬になって余裕が出てきてしかも子供たちが九州へ行ったので、一人で過ごす夜がありました。電車に乗って岡崎城まで行ってきました。2枚目の写真です。仕事終わりで行ったので、ライトアップや屋台がすぐに終わってしまったのと、桜がまだほとんど咲いていないのが残念でしたが、キッチンカーや屋台が多くて、肉をたくさん食べました。ビールも飲みました。桜より飲みに行ったようなものでした。
3枚目の写真は仕事でよく通る道です。ここは沿道に桜が何本も植えてあって桜のトンネルような場所なので好きでしたが、道路に桜の木が出てきて切られてしまいかなり寂しくなりました。ボリュームが無くなりましたが、ここの桜の薄いピンク色が好きです。あと、日銀前の交差点にあるしだれ桜が好きでしたが、そこを通っていく訪問先がなくなってしまいました。昨年の初夏に利用者さんが亡くなったので。今年は見られないです。よつばの事業所は中川区なので利用者さんは名古屋の中心より南のほうがほとんどですが、先ほどのマラソンのコースになるような中心部にも行っています。小児の医療依存が高い方やALSなどの神経難病の方の依頼がくると、多少遠くても引き受けています。遠くて移動は時間がかかりますが、街中を車を走らせることができるので気分が変わって私は好きです。短い桜の季節、今週末も楽しめそうなので週末は鶴舞公園に行こうかと思っています。
今日のタイトルに挙げた「全身地雷」ですが、ここ最近で衝撃的だった言葉だったので残しておこうと思って書きました。長男が私に言った言葉です。私そのものが地雷でどこに触れてもアウトなんだそうです。つまり、何を言っても何をしても私が怒りをぶちまけるのだそうです。確かにそんな時期もあったような気がします。長男が私に言った言葉は正確には、「最近全身地雷じゃなくなった」です。あまり怒らなくなったそうです。そりゃそうでしょって思います。男の子3人も育ててたら、自分が男になっていくし、怒りしか湧かないなんてことあります。でも、怒るのも疲れるんです。毎日ぐったりしていたような気がします。今の仕事の忙しさは、疲れるけど生きてる感じですが、子育てに行き詰って感情が不安定な時は死んでる感じでした。それでもなんとかここまできたのは、まわりの話せる友人や学校の先生方、子供たちの元気な姿のお陰だなって思います。出会いと別れの季節です。感謝の気持ちをもって新年度を迎え、仕事も子供たちのことも頑張っていこうと思っています。



私はよく知らない方ですが、映画プロデューサーの叶井俊太郎さんが膵臓癌でお亡くなりになった記事をみかけました。この方の生前のインタビュー記事も載っていて、すい臓癌のステージ3と診断されて抗がん剤治療を10%くらいの望みをかけてやるかどうか医師に問われたけれど、治療により衰弱したり副作用に苦しむくらいならこのまま自分のやりたいことをやって生きた方が良いと、積極的な治療は望まずに過ごされたそうです。それでも症状緩和のための治療をしたり痛み止めを使っていたそうですが、所々で痛みや嘔吐に苦しみ、だったら生きていたくないと思い安楽死を希望されたそうです。もちろん主治医に行ってもそれは叶わないので、スイス(安楽死の制度があるようです)まで行くしかないと思ったけれどそんな体力も残されておらず諦めたそうです。苦しみながらも最期までベッドの上で4月公開の新作の仕事をされていたらしいですが「早く死にたい」という言葉も出ていたそうで、苦しかったのだなと思います。
癌やALSなど、進行性の不治の病に対して「死ぬ権利だってある」という声も聞きます。2019年に京都で起きたALS患者への嘱託殺人について、「自分も頭はしっかりしていて体が動かせないなら死んだ方が幸せ」という言葉などがネット上で溢れていました。「生きるに値する命」と「生きるに値しない命」という線引きがされているようで、私はモヤモヤしました。安楽死を認めれば、その線引きが明確になっていくのではないかと思います。私自身が病気に苦しんだことがないからそう思えるのでしょうか。私もALSになったら死んだ方がマシって思うのかな・・・。
写真の一枚目、3月2日にALSの方がプレゼンターとなって思いや生き方についてお話(しゃべれない方もみえるので何らかの方法でお伝え)されます。私も利用者さんにお供しながら参加してきます。以前訪問看護で関わった方々にもお会いできるので楽しみです。
2枚目は、昨日行ったスキーの写真です。子どもについて行くのに必死で写真はこれだけになりました。2年前にスノーボードで滑走していて派手にこけて肋骨を骨折しました。しゃべるのも胸に響いて痛くて、それでも仕事して辛かったです。なので、絶対転ばないぞ!と気を抜かずに滑ってきました。今までは目の届きやすいファミリーゲレンデを選択していましたが、子どもがもっと広いところで滑りたいと言うので岐阜のウイングヒルズまで行ってきました。私が学生時代毎年行っていたスキー場です。あの時みたいに休憩無しでは滑れませんでした。子どもにも置いていかれ、一人でゆっくり滑ってきました。怪我無く無事に帰宅したので、明日からまたお仕事頑張ります!



新年初めてのブログ更新となりました。お正月から震災、飛行機事故でテレビをつけても何だが気持ちが暗くなり、仕事の忙しさもあって落ち着かない日々を過ごしていました。年末なんて、子ども達と焼き肉食べ放題で食べていたら緊急で呼ばれて、食べ放題30分残してお店を去ることになり「こんなこともある、仕方無い」と思い泣く泣くデザートを諦めました。
あっという間に子ども達の冬休みも終わってしまいました。今年はどこへも連れて行けなかったけれど、近くの公園で少しだけみんなで遊んだり(写真1枚目)、数年ぶりに身内で鍋を囲んだりと楽しい時間も過ごしました。先週、伊勢神宮にも行ってきました。これは私だけで。コロナ禍に人混みを避けようとして朝5時の開門と同時に参拝にいくようになり、今年も夜中に出発して行ってきました(写真2枚目)。外宮、内宮と参拝して朝9時には熱田神宮へ。初えびすのお札や熊手など頂いて事務所に祀りました。「今年も訪問看護ステーションよつばが、地域で療養する方々の役に立てるように」という気持ちで、また「交通事故など起こさずに仕事ができるように」と祈願してきました。昨年は交通違反はあったけれど(本当はない方がいいです)、事故無く訪問にまわることができました。スタッフのコロナやインフルエンザの感染にも気を使いますが、毎日車での移動なので事故は心配です。無理のない移動時間で訪問にまわれるように気をつけていますが、使う道や時間帯によっては急いで移動する事もあります。歳を重ねると集中力とかとっさの判断力とか落ちてくるので運転が心配だというスタッフもいます。よつばの社用車も自動運転の車を入れていかないとだめですね。
この一年もたくさんの方のご支援を受けながら頑張って仕事をしていきたいです。



だいぶ間があいたので、お話したいことはたくさん。
まず、先月ですが利用者さん、ヘルパーさんと一緒に紅葉をみにいきました。電車を使って。実際に駅員さんの手を借りることをしましたが、思ったようにはいかず車椅子で公共交通機関を利用するって大変な事なんだと今更ですか実感しました。会社によると思うのですが、介助者がいてもホームで待つことはダメで駅員さんがみえるまで改札付近で待ちました。どうせ待つなら電車好きな利用者さんだったのでホームで待ちたいと言ったら、転落の危険があるのでかならず駅員と一緒に行きますと言われ、電車が到着する少し前まではホームにはいけませんでした。電車とホームの間に駅員さんがスロープをかけてくれたり、降りる駅にも連絡してくれていて、到着するとまた駅員さんが手伝ってくれました。乗り降りに駅員さんが必要なので、乗ろうと思っていた電車には乗れず、人員確保ができてからの電車に乗ったので待つ時間も長かったです。公園の紅葉はすごく綺麗でゆっくり過ごしました。大きい車椅子に呼吸器や吸引器など重たい物を積んでいて、それをヘルパーさんが押してくれました。私は、チューブが落ちてないかとか、振動でポジションがズレていないかなど気にしながら歩きました。神経難病の方は体温調整が難しく、外に出たがらない方も多いですが、この方は外に出ることが大好きです。次回はイルミネーションかなあ、冬の散歩に行きたいなと思います。
二つ目は、11/19日に読売新聞の朝刊に(地域版)、住民向け勉強会の記事が載りました。私が講師を務めて地域住民を対象に、医療依存が高い方の災害時の「共助」について実践できることをお話させていただきました。先月のブログでも紹介しました。よかったらみてください。私の年齢も載せてくれていました(笑)。ネットで「読売新聞」「ALS」とかで検索したら出てきました。看護協会でもこのことを取り上げてくださり嬉しい限りです。私も知らないことがまだあるし経験不足もあるので、多くの人と災害時のことを考えていくきっかけになると良いなと思っています。
三つ目、最近課題の多い症例というか利用者さんがみえて、その方を中心としたチームであれこれ話し合うことが多く、私も「これって他はどうしてる?」と思う事がよくありました。そんなときに、あの人に聞いてみよう!と思い、ケアマネさんや薬剤師さん、ヘルパーさんなど何人かと連絡をとって教えてもらうことが多い一週間でした。その時に感じたのが、訪問看護ステーションよつばを開所して4年目になりますが、ネットワークが増えたなということ。小規模な事業所で、管理者の経験も無いまま始めたので、とにかくいろんな人にたくさんのことを教えてもらってきました。聞ける人が増えて親切に資料までくださったりする方々のおかげで日々の課題も少しずつクリアしてきています。利用者さんが増えることはもちろん嬉しいですが、こうやって一緒に考えてくださる方々が増えたことも嬉しいなと感じたこの一週間でした。
四つめ、三男の懇談会がありました。先生と向き合って座るとすぐに「今日やった国語のテストです。大輔君は一番に終わって前に持ってきました。」とテストを見せられました。記述問題は白紙。記号を選ぶところは選んであるけれど不正解で0点です。「社会のテストはいつも90点以上あります。やれば国語だってできるはずなんです。」と先生に言われました。三男、国語苦手だけどここまで?!とちょっとショック。家に帰って何で白紙で出した?と聞くと「だって、ママいつもテストでわからないところは飛ばせ。」って言うじゃんと。私の言う「飛ばせ」は「わからない所に時間を割くより、まず分かるところからやろう」という意味です。飛ばして終わりではない。まずは、漢字を覚えよう!と励ましますがどうしたらいいですかね。わかりません。
上の写真、一枚目は11月にユニバーサルスタジオに行って来た時のツリーです。大阪で飲んだり食べたりして楽しかったです。2枚目は紅葉のお散歩です。


私がよく読む中日新聞の生活欄に「子どもってワケわからん!」というコラムがあります。岡崎勝さんという教員(現役かどうかはわかりません)が毎週書かれています。
今週は「しつけ糸」と題して子どもへのしつけについて考えを述べられています。要するに、子どもへのしつけは厳しければ良いのか?というお話で、しつけとは「しつけ糸」を抜く事が最終的な目標で、抜ける「しつけ糸」でなくてはならないとうことです。親の一方的な「命令」や「しつけ」は、子どもにとって「抜けないしつけ糸」で抑圧になりかねないと。また、特に幼い時は子どもの要求をできるだけ聞いてあげて、「できるだけ応えていくよ」という方向性を子どもに示すことが大切と。「子どもが楽しい時を過ごし、しっかり遊び、安心してぐっすり眠れる環境をつくることが、親だけでなく家庭、地域、学校の役割であることは間違いない」と結んでいました。
ちょうどこの記事を読む前日に、小さな子どもがいるご家庭の親御さんから相談を受けました。身内から「子どもを甘やかしている」と言われたと。「甘やかす」という言葉も抽象的でどんなことを言っているのかわかりにくいのですが、その親御さんの子どもへの関わりをみていて、子どもが要求してきたことに対していつも反応しているなと思っていました。要求がきけるかきけないかは別として、料理をしていても、訪問看護師と話していても、子どもが話しかけてきたらそれに対して子どもに返答しているし、顔も向けています。料理の手を止めることもあります。子どもと向き合う姿勢を持ちながら毎日分刻みの忙しさをこなしてみえます。子どもと向き合う姿勢の中で子どもとの信頼関係を作っていくことができていると思うので、今のまま頑張って!と励ましました。
そんな出来事があった数日前には、我が子が先生を叩いたり蹴ったりして学校からご連絡を頂きました。仕事が終わってすぐに子どもに「謝りにいくよ!」と言って一緒に学校へ行きました。その先生を前にして「殴ったり蹴ったりしたことはいけない、謝ろう」と言っても我が子はだんまりで謝りませんでした。少し時間を与えても一言も発せずその日はそのまま帰宅しました。帰宅してその日はそのまま布団にもぐって眠ってしまい、翌朝声をかけました。なんで殴ったのか、どんな気持ちになっていたのかなど、ポツポツですが話をしてくれました。単純なことではあったのですが、たぶん、私が謝らせに行く前に子どもの思いを聞いてあげていれば謝れたのかもしれません。私は「何があっても殴ったことが悪い!謝る!」という態度で子どもの思いも聞かずに「とにかく謝る」を優先させてしまったので、子どもも気持ちの整理がつかなかったのかもしれません。その日また「一緒に謝りに行くよ」と言ったら「自分で謝れるからいい」と言って学校にいき「先生に謝ってきたからね~」と言って帰宅しました。
自分も子どもだった頃はあるのに、子どもの気持ちってわからんなあと思います。仕事でも子ども達との関わりが多いので、色々な場面で反省もあります。大人って大変!と思ってしまいます(笑)