訪問看護ステーションよつば

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今日は夏日で暑かったです。事務所の冷蔵庫から炭酸水を持ってでましたが、訪問が終わって車に戻ったら炭酸のお湯になってました。それでも私は飲めます。夜になって窓を開ければまだ涼しいので、真夏はまだ先かなと思っています。
そんな暑い日でしたが、今日は訪問先でALS(筋萎縮性側索硬化症)の方と自宅周辺をお散歩しました。橋本NSと私とSヘルパーさんで声を掛け合いながら大きな車椅子に利用者さんが座れるように誘導します。利用者さんの持てる力は使ってもらい足りないところは私たちで補助します。人工呼吸器を使用しているので、呼吸器や吸引器、バッテリーを車椅子の下に積み込みます。頭の支えまで必要なのでよく見る車椅子とは違い、背もたれが高く、リクライニングも効きます。機械類が多いので、車椅子下は大きなスペースがあります。人員の兼ね合いもあり、普段は室内で車椅子に座って縁側で過ごされることが多いですが、今日はヘルパーさんと看護師で3人いたので外に出ることにしたのです。普段中々外に出られないですが、日差しや風を感じる、季節の花をみる、工事現場の音を聞く、自転車とすれ違う、道路の段差に身体が揺れるなど外に出ると家の中とは全く違った世界だと思います。たぶん、ベッドで横になりながらみる介助者(ヘルパーさんや看護師)の顔も座ると少し違って見えるのではないでしょうか。私たちも、普段利用者さんを上からのぞき込む顔と、座られた時の顔は違って見えます。そんな違った顔がみられるのも喜びの一つです。
散歩の時間は20分ほどでした。準備と片付けにも同じくらい時間を要したので、もう少し手際良くできると散歩の時間も増やせるかなあと思っています。時間は限られているのでいかに工夫するか、介助者同士声を掛け合って効率良く動くことで時間を作っていきたいです。それぞれの職種がそれぞれの役割を担っていますが、淡々とその役割をこなすのではなく、声をかけあうことで効率良く安全に動くことができます。空気を読んでもらおうとか、見ればわかるよねではなく、自分が今何をしているのか当たり前のことも声を掛け合う。間違いや事故を防ぐためには必ず必要です。今日みたいに複数の人が集まれば手は増えますが、誰が何をしてるのか見えにくくもなります。誰かがやっただろうが一番怖いです。楽しいお散歩の時間のためには、安全面への配慮は最も大切です。その配慮は、普段の仕事の中で培われ、今日のような「普段と違う場面」で適切に行動できる事につながっていきます。「訓練」と言っては失礼かもしれませんが、普段と違う場面で適切に行動できることは突発的な出来事にも対応していく訓練にもなります。なのでスタッフにもたくさん経験して欲しいなと思います。楽しい散歩の時間は、利用者さんにとっても私たちにとってもWIN-WINなのです。



ちょうど一年前の今頃、「訪問看護ステーションよつば」を運営する会社を立ち上げ、9月の開所にむけて新規開設の準備をしている頃でした。その時の職場である訪問看護ステーションの仕事も継続していたので、申請書類などの作成は夜やっていました。なのでこの頃からお酒を飲まなくなったし、不安もあって少し痩せました。漠然とした不安がずっとあったのです。開設できるのか、仕事は取れるのか、コロナ禍でのスタートは危なくないか、スタッフはついてきてくれるのか、お給料が払えるのか・・・。事務所となる部屋を借りて必要なものを揃えていきましたが、不安と平行しながらの行動でした。一年後、自分はどうしているのだろうかとも思っていました。会社は早々に潰れていないか、なんとか仕事できていても利用者さんが増えなくて赤字続きではないか、子ども達との生活は成り立っていくだろうかなど。そんな頃、自営業の父が「大丈夫だろ、何とかなる。自分がやりたいことならやればいい。」と軽く言いました。父は結婚後脱サラして小さな町工場を作り、母と一緒に働いてきました。まだ私が小学校に上がる前の記憶で、夜遅くまで仕事している姿を覚えています。それが当たり前のように思っていましたが、どんな気持ちで脱サラしたのでしょうか。一度父からその話を聞いた気がしますが覚えていません・・・。
「訪問看護ステーションよつば」と父の工場は車で5分以内の場所にあり、今日父に用事があって工場に立ち寄りました。図面を開いて何か作ってるような姿。何十年も前から見てきた姿です。そして、一緒に働いているパートさんも私が子どもの頃からみてきた方々でいつも同じ光景だなと思いながら帰ってきました。父が工場を持ってから40年近くなります。いつも私含め娘達に怒られてばかりの父ですが、40年も工場を潰さずにいるってすごいなあと思います。父一人の力ではなく、周りの方々に恵まれたのだと思います。
そう思えば私はまだ一年。まだまだこの先の方が長いはず。悩んだり間違えたりする事もありますが、嬉しいことも多いです。今日は、人工呼吸器をつけた利用者さんを車椅子に乗せて名古屋港水族館に送り出しました。ヘルパーさんと遠足です。出発間際、動かしにくい手を精一杯動かして「いってきます」と手を振ってくださいました。そんな一瞬がとても嬉しいです。
写真は近所で毎年きれいに咲く紫陽花です。毎年同じ姿を見られるのはほっとします。もう一枚はうちの次男。「今日は俺がおかず作るから!」と台所に立ちました。とても美味しい炒め物でした。兄や弟も絶賛!私の料理の時にはない「めっちゃ美味しい!」という言葉が飛び交っていました。


日曜日の中日新聞一面に、「運動会、中止か延期か決行か」という記事がありました。新型コロナウイルスの緊急事態宣言が発令中の愛知県の各学校で運動会の取り扱いを巡って対応が分かれているそうです。児童の気持ちや経験の機会、感染防止をどのように両立させるのか、「正解のない問い」に学校が苦慮しているという内容でした。
以前も書いたと思いますが、うちの子の運動会は実施されました。いろいろと工夫や規制はありましたが。この記事の中で教育研究家の妹尾昌俊さんのお話で「子ども本位になっているか」を見つめ直す機会であるとの言葉にとても共感しました。コロナ前の運動会の一部では、過度な準備や本番での派手なパフォーマンスなど本来の意義や目的が薄れていたのではないか、子ども達が運動に親しんだり、異学年で協力したりする学びの場であり、保護者のための行事ではないという見解です。そうだなと納得しました。以前は一日がかりでお弁当も持参して、お昼は親子でピクニックみたいな感じでお弁当を食べたり、運動場にテントを張って場所取りもしたりと一大イベントでした。私は朝早くから場所取りで並んだり、テントを張ったりはしていません・・・。そういう気力は無いので。まるで親のためにあるような感じだったかもしれません。その時はそうは思っていませんでしたが、このコロナ禍で運動会のやり方が変わってそんな風に思えてきました。
私の子ども達の通う学校では、先生達も感染対策を熟慮して実施したと思います。子ども達の気持ちや経験ということから考えてのことだったのだと感謝しています。無観客でも良かったと思いますが、みさせてもらえた事にも感謝です。
今、私が真剣にみているドラマの一つは「ドラゴン桜」です。阿部寛演じる桜木先生に私も色々学びます。ドラマの中で発達障害の子どもが出てきます。「発達障害の子どもの居場所」について語る場面があり、「生徒のためにやっていることが例え間違えていたとしても、その熱意や情熱はきちんと伝わっている。居場所という基礎があるからこそ、子どもは才能を伸ばせる」という言葉。子どもが安心していられる居場所が基礎なんだと。安心していられる居場所ってやはり「子ども本位」で考えてくれる場所ではないでしょうか。我が家はそんな居場所になっているかな、また子ども本位ってどういうこと?と掘り下げていくと色々考えさせられます。私が頑張っていることは、子どもが話してきたら可能なら手をとめて顔をみて話を聞いてあげること。これって意識しないとできないです。ご飯を作っている時だと手は止められないから顔だけでもみるという努力をします。毎日毎日次男・三男はよく喋ります。長男はぼそっと時々話してくる程度です。それでも長男が何か言って来た時はそちらに顔を向けます。子ども達に手がかからなくなるとこうやって意識しないと向き合うことがないかもしれません。うちは母親不在の時間が長い家庭ですが、子ども達の安心できる居場所として、少しの時間でも頑張っていかなければと思っています。写真の10箇条はドラマの中で出てきたものです。私が時々確認できるよう、ここに載せておきます。